活動広場・キャンプ場開拓物語

スカウトの森の物語

発団40周年の記念行事として建設した【自然体験塾「星の森キャンプ場」】が現在の流山3団の拠点となっていますが、それまでは【スカウトの森】が、流山3団と流山5団の大切な活動の拠点となっていました。
ここでは、その【スカウトの森】についてお話しましょう。以下は、スカウト達の活動の拠点を作りたい・・と思った大人達が、願いを現実にするまでの頑張ったお話を、流山3団の発団30周年(1994年)に、編集長がまとめられたものです。

【スカウトの森】は流山3団の歴史でもあり、
未来への指針であり、21世紀のスカウト達に語り継ぐお話であると思います。


 

私達が、普段何気なく使っているスカウトの森・スカウトハウス・広場も、はじめからあったのではなく、多くの先輩が汗を流して、作って残してくれたものです。

冬は冷たい北風を防ぎ、夏は涼しい木陰を作ってくれる森の樹々は、いつも静かに私達を迎えてくれますが、一年ごとに年輪を刻みながら、私達の成長を見守ってくれているのではないでしょうか。
いや、本当は「今日は元気かい?」と語りかけているのに、私達が気づいていないのかもしれません。30周年の節目の年に、スカウトの森やハウスのことを、皆さんに知っていただき、更に語り伝えるのも、今の私達の役目ではないかと思いました。


・プロローグ
       ~発団後の10年間 昭和39年(1964)

発団式は、流山小学校をお借りして行いましたが、活動の場所は主に、赤城の神社の境内や公園(流山5丁目)でした。
スカウティングの場を野外に求めるならば、自分たちがキャンプをする場所もない現状から、なんとか活動の拠点を作りたい・・というのが、みんなの切実な願いでした。それをかなえてくれたのは、故S様(当時市議会議長)でした。


・三輪野山スカウトの森建設 
                                  ~昭和50年(1975)
故S様は、私達のスカウティングの目的・方針に賛同され、緑いっぱいの大きな土地の使用を快諾されたのです。
発団11年目のことで、これが第3団の発展の大きな原動力になりました。
リーダーも育成会員の皆さんもスコップで土を動かし、木株を掘り起こして、森は着々と整備されました。
昭和53年7月、テントが張れるようスコップで地ならししてる最中、森の返還の話が起きました。

南部中付近から、文化会館(左の森の向こう側)方向を望む  正面の土地には、現在東急のマンションが建ち、スカウトの森は、右側の森の中にありました。

・三輪野山スカウトの森返還 

              ~昭和53年(1978)
3年間築き上げ、慣れ親しんだ森と別れる日がきました。純粋なご好意で、広い土地を無償でお貸し頂いたことは、スカウティングの基本の場となったことと共に、その思い出と経験が第3団の結束の年輪となりました。
7月22日、カブ隊の一泊舎営と大営火。翌日は、S様をお迎えして、スカウト一同でお礼を申し上げ、森に別れを告げました。


・三本松スカウトの森建設 
                 ~昭和53年(1978)
新しい森は、O様に相談したところから始まりました。早速、「O様(前流山第5団育成会長)に話してみよう」ということになりました。両O様も、私達が森を必要とする趣旨を、暖かくご理解くださったのです。
O様(前流山第5団育成会長)は、お忙しい中を各地主様宅に足を運ばれ、理解と協力が得られるよう奔走された結果、皆様のご賛同を頂く事ができたのです。8月17日O様(前流山第5団育成会長)を含めた各地主様と、土地利用貸借契約書を取り交わし、いよいよ新しい森の建設がスタートしました。
8月19日・20日と真夏の暑い最中、育成会の総力を結集、66名でハウスの建設予定地・広場の伐採をしました。
木も地主さんの物であり、森の自然を極力残そうと、木にテープを貼り、印を付けた後、F様からお借りしチェンソーで伐採を行いました。28日には、O様(前流山第5団育成会長)のご紹介によるT建設のA様・R様のご好意で、掘削機で木の根を起こし、ブルドーザー2台を投入して整地しました。9月3日には、32名で広場などの整地・整備をほぼ終了しました。そして、秋晴れの9月24日、多数のご来賓をお迎えして開所式を行うことができました。
7月にS様からお借りしていた森をお返しする話が出てから、約3月後の事でした。
       

・営火場完成 
           ~昭和54年(1979)~
梅雨入り前の最後の晴天。35名の皆さんが、道具を持って集合。粘土質の土で、機械が使えず三本鍬で斜面を半円形に切り開き、一人一人の汗と力で、ダンプ3台分以上の土を掘り起こし、お母さん達はベンチ用丸太の皮むきをしました。
午後は、カブ隊も加わって、ベンチの丸太8本を円周上に配置・取り付け、後は、キャンプファイヤーを囲む夜を待つばかりとなりました。


・三本松スカウトハウスの建設 
       ~昭和56年(1981)
ハウスの建設は、前年O様(市会議員)から議事宅の立て替えを機に、解体した骨組みをお譲りいただけるとのことからスタートしました。それまでは、雨よけ・日よけにフライを張ったり、ボーイ隊のキャンプもここで行っていました。建設の場所は、当時「西平井自治会所有・馬頭観音の跡地」のところ(今のハウスの裏側)は、たたりを恐れて、そこを避けて立てることになりました。
建設の鍬入れ式は、おすわさまの神主様によるお祓いを行い、ハウスはO様(市会議員)宅を建てた専門の大工さんによって建てられ、待望のハウスが完成しました。
ハウスは、その後、台風で倒れた松の大木で屋根の一部が壊れた他は、床面の補修を行ったくらいで、13年間がっしり建っているのは、本格的な木造建築の証拠です。(プレハブ建築ではありません)
なお、森は市街化調整区域の為、居住用の建築は認められませんので、室内にガス・水道を引くことができません。
最近では、泥棒からアベックまで時々訪れるようですが、この時こそ、ヤブ蚊にしっかり頑張って欲しいと思っています。

        昭和58年のスカウト祭              バザー・模擬店の様子
     真ん中にトーテムポールがたっています。

・下屋(げや)出し工事 
    ~昭和59年(1984)10月
発団20周年記念事業は、森の整備を図るため、ハウスの下屋出し(物置の増築)をすることになりました。
故Sさんの設計・指導で、地区毎に奉仕日を決めて…お父さん,お母さんが、朝、説明を聞いてから墨の通りに、ノコギリ・ノミで切り込み作業を行いました。
組み立てる時は少し心配でしたが、床も屋根も壁も、寸法はドンピシャリで棚を作り、ドアもつけて、秋には見事に完成しました。黙々と先頭に立たれたSさんが亡くなられたことは淋しい限りですが、下屋は今も大事に使われています。

・最後の公園清掃 
 ~平成4年(1992)3月1日
スカウトの公共心を育てる為に、まず親が手本を示そう…。ハウス建設の資金作りに、少しでも団の財政を支えよう…と、市と清掃委託契約を結んで公園清掃が始められました。最初は、美和1号・2号公園で始まり、その後美和1号・南流山2号公園(かえる公園)。昭和61(1986)以降は、美和1号公園1カ所でした。
スカウトも、時々公園で手旗の訓練等を行い、終わってから一緒にジュースを飲んだりしました。しかし、時代の流れから参加率の低下が続き、平成4年3月・大雪の後の日曜日が最終日となりました。
雪で木の枝が沢山折れていました。参加された51名の皆さんは、終了後長い間支えあってきた仲間に感謝、全員で“蛍光”を合唱して14年の幕を閉じました。

 

平成3年春 清掃後 スカウトの訓練を見守るご家族

三輪野山スカウトの森その後

森の斜面をそのまま生かした形で、林間の「いろり焼き炉山人」が営業していましたが、「加地区・区画整理事業」の進行に伴い、昭和59年(1984)春 閉園となりました。区画整理の工事に伴い、当時の松林は跡形もなく切られ、大量の土砂が搬入され、整地されて大きな道路が造られ、地形も一変しました。
スカウトの森の位置は、現在の「東急ドエルステージ21・2番館と1番館の間・東寄りのところ」で、マンションを包むように残された見上げんばかりの大きな樹や、両側の斜面が、僅かに当時の面影をとどめています。
ありがとうございました 

~エピローグ~
森のことを中心に書きましたが、今改めて振り返りますと、当団の発展も地主様をはじめ、周囲の方々のご厚意とご支援、先輩リーダー・育成会員の皆様のお力添えがあったればこそ…とつくづく思います。
とりわけ先輩は力強い開拓者であったと頭が下がる思いです。さらに、これらのことは、私達3団だけでやってきたものではなく、現在の流山第5団の皆さんと一緒にやってきたものです。

*流山第5団 昭和58年(1983)
            流山第3団より分封流山第5団発団
            発団式 5月15日 流山市文化会館
*分封前のスカウト数など(58年度総会資料、育成会員名簿)
             スカウト数    122名
             育成会員数   103名
             県連地区数   12地区
 
ともすれば当たり前に流れてしまう中で、私達はこのことだけは肝に銘じ、感謝の気持ちを忘れることのないようにしたいと思います。それには、私達が一人でも多くの立派なスカウトを育てることが、関係各位のご厚意に報いる最大の御礼になるのではないでしょうか。
また、3団の発展にご尽力頂いた方の中で、Sさん(平和台)、Yさん(流山)Sさん(平和台)が、30周年を待たずお亡くなりになりました。皆さん心の優しい方々ばかりで忘れることができません。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

私事になりますが、当団に長男が入隊させていただいたのは、ハウス完成後の昭和57年(1982)でした。
従いましてそれ以前のことは、昭和53年(1978)発行の資料と、O育成会長・N団委員長・T副団委員長・F団委員にお伺いいたし、まとめさせていただいたものです。
末筆となりましたが、育成会の皆様のご健康を心からお祈りいたします。
スカウトの森の永遠の緑を願いつつ・・編集長

星の森のお話し

流山3団の活動拠点である『星の森キャンプ場』

みんなが笑顔で集まるこの場所は、なんと!自分たちの力で開拓しました。
なぜか訪れた人の心を惹きつける魅力があるのはきっとそのせいですね♪
ここでは、この星の森を開拓していった様子をご覧ください。

「星の森のお話」は以前のHPでご紹介したものを一部再編したものです

■三角測量 2001.12.20

■森の開拓 2002.1.13
■マンパワー大作戦 2002.1.17
■伐採木の整理 2002.3.17

■三角測量 2001.12.20
杭から杭を三角の形にして、その間の距離を測り、面積を求めるのが三角測量です。

普通の測量はトランシットで、アッという間に終わってしまいますが、三角測量はそうはいきません。

杭から杭の距離を測るのに巻き尺を使いますが、巻き尺の先を持って歩くのは人間です。
そこにヤブがあろうが、ひっつき種子の大群があろうが、まっすぐに進まなければならないわけです。

測量したのは、新しい森の左奥のヤブです。基点になる杭はほとんど草に隠れて見つけられない! いざ、測ろうとすると、巻き尺が枝に引っかかるわ、まっすぐ伸びないわ、そりゃー大騒ぎ!下の地面は、でこぼこ、枯れ草の株にけつまずくし、なかなか杭までたどり着けない。                                                                     

「杭はこっちだから、そこのヤブくぐって通す!」

「(ツタや、イラ草ががっちりスクラムを組むヤブを前に)と、申されましても、どうやって?」
「なぁに、オシリから入って、こっちへ抜ければ出るよ」
「・・・。(しかし、ヤブ漕ぎをするのは私で、団委員長はボードに記入するだけですから)」

「20m95!」   「次、そっちの角!」そうです、ボード記入は「親分」で、巻き尺持ちは「子分」です。
へいへい、移動いたします・・・。

「ひっつき種子」が痛い!なんで、こんなにあるの?長靴は必需品です。

■森の開拓 2002.1.13

第1回3団・5団合同 “森の開拓”
まず初めに、森の奥へ通じる道を通すために、入り口の倒木をどかすことから始まりました。
バキバキと倒れている2本の杉の木。

からまっている広葉樹をロープで引っ張り、どかします。

どうやら完全には、折れていないようで、樹皮が残っているため、これを切らないと、取り除けない。

「(かなり)昔とった杵柄」とばかりに、ビーバー隊長が、するすると木の上に。
一説によると、若いモンでは重量オーバーのために、木が折れそうだったとか・
・・

ごりごりと、残った樹皮を切ります。
うへー、落ちないで下さいよー。

 

こちらは「(相当)昔に取った杵柄」とばかりに、木挽き鋸で2本目の杉の木を根元から切る団委員長です。
 

「休憩!休憩しよー」
「いや~、まだ、11時になってないよ。長いねー」
「会社じゃ、アッという間におひるなんだけどねー」皆さん、汗だくです。

 

選手交代、2本目の杉を切り倒すお父さん達。

道をふさいだ倒木を、ノコギリで切断するのですが、下から持ち上げて、鋸をひきやすくしているところです。

倒木があちこちにあります。中でも一番大きかったのが、入り口付近のこれ。ロープで引きますが、枝の切り口がつっかえて、なかなか思うように動いてくれません。
 

立ち枯れした杉の木を、絡まっていた蔓を引いて倒します。
「倒れるぞー!」の声とともに、ばさっばさっと木が倒れました。

 

運びやすい大きさに切った木を、今度は入り口まで運びます。傾斜はあるわ、切り株にけつまずくわ、たいへんです。

森の奥へ奥へと入ったきり、呼んでもなかなか出てこない編集長です。
この日は、クライミング用のヘルメットで登場です。

ようやくお昼です。理事の皆さんが、お湯を持ってきてくれて、暖かいコーヒーサービス。

奥の方まで入れるようになりました。
班サイト用の広場を3つ切り開きます。

だんだん、開けて来ました。
班サイトらしくなってきました?

その奥は、まだこんな感じのヤブです。
ササが多くて、地面に蔓が縦横無尽に走っていて、足に引っかかって、けつまずきます。

本日の作業終了。
ほら、奥へ続く道ができました。白いテープは、班サイトの場所です。

 

■マンパワー大作戦 2002.1.17
第2回3団・5団合同 森の開拓 “マンパワー大作戦!”
今日は、班サイトの下草刈とゴミ拾い伐採木の整理です。伐採木の山は大きくて、どこから手をつけていいやら・・でも、「マンパワー(人力)大作戦」の終了時には、小さくなっていました。
恐るべし、人力・・・

初めに、森の中のゴミ拾いです。

倒れるぞぉ~!めりめり、ばきばきっ・・

この杉は、枝をはらって、国旗ポールにしよう!

左側は、一番奥の班サイト。右側が、広場方向への出口です。サイトらしくなりました。

山のようにあった伐採木が、どんどん枝の束になっていきます。
 

班サイトに生えているササを刈りました。
細いけれど、足に絡まってけつまずきす。

私達も、お手伝い!枝を束ねたり、運んだり・・えらい!

山のようにあった伐採木が、どんどん枝の束になっていきます。枝をはらった幹が積まれていきます。
これは、薪用!

下草を刈払らいしている I・RS隊長や3ケタBS副長も、伐採木を整理しているF・BVS副長やF・RS隊長も、スカウトの時に、今の森の開拓をしています。
慣れてますよねぇ・・開拓作業と奴隷制度に・・・お疲れさまです。

「お疲れ~様!今日はここまで!」お疲れさまでした。

森への入り口左側に、うず高く積まれていた伐採木がぐーんと少なくなり、見通しがよくなりました。
班サイトも、それらしくなってきました。いやー、お疲れさまでした。

「いやー! マンパワーは、すごいねぇ!」と、ニコニコしながら歩き回る団委員長様!
まさか、切り株取り除き作業も人力でしょうか?!

■伐採木の整理 2002.3.17

おおっ!
平らになっている!
あの、ひっつき種子の大群が跡形もなく消え失せている!
うーむ、さすがに、ブルドーザーは偉大だ!

それに比べて、今日は人力(マンパワー)での伐採木の整理です。
「なぁに、すぐ終わるよ」と団委員長は申されますが、機械を導入すれば、もっとすぐに終わると思うのですが・・。とほほ。

ひっつき種子の大群は、跡形もなく消えました。でも、下の残土やガラがでてきてます。

道路側にある木に巻き付いたツル植物を切ります。本日のメインイベント!「与作は木を切る!人力で!」山のように積まれた伐採木を、
整理します。

「お!たんちゃん!大丈夫?」「顔が真っ赤になってきたぜ!」といいつつも、手伝ってはくれない先輩方、いじわるぅ・・がんばれ!たんちゃん!

結構、太い木を適当な長さに切って一カ所に積み上げていきます。重いんですよね~、腰気をつけて下さい

この杉の倒木も切ります。
ゴリ、ゴリゴリ・・一番、太かったかな?

重たい!たんちゃん、重たそう!

枝を引っぱり出そうと悪戦苦闘のA・CSリーダー。「どうして、ひっかかるのよ!」

「そういうのは、えいっ! こうして、切っちゃう!」と、バシバシ枝を切りまくっています。
 

山のように積んであった伐採木も地面がみえるまで、整理できました。

「ゴン!ゴン!」とにぶい音が。
何かと思えば3ケタN・BSリーダーが木の杭を木の棒で、打ち込んでいる音でした。
怪力で打ち込まれる杭に、ついつい同情してしまう。側でみてると、こわいっす!

本日の成果。薪の山!当分、こまりません。
皆様、お疲れさまでした。
忘れてならない、早め早めの湿布薬